また明日

日々の興味。前向きに。

おいしいお酒なんてない

お酒が大好き。飲まない日がない。節酒の誓いを立てても、もって2週間。

お酒って生まれて初めてのときにうまいと思うことなんてない。他の嗜好品もそうなのだけど、学習によって求める力がどんどん強くなっていくものだ。

だから酒にうまいもマズイもなくて、ただただ好きか嫌いかがあるだけ。そしてその好きの正体は、それまでの酒体験の経路に依存している。そう思う。

もちろん、受け付けない体質という人がいるけと、遺伝的要素よりも文化的あるいは学習的要素のほうがこと飲酒に関しては強いのではないかと。体質的に受け付けない親の子どもは、酒を飲む大人を見る機会が圧倒的に少ないという因果関係で、酒に親しむ機会が少なくなる。そういう意味では晩年ほぼすべてのカロリーを酒から摂取しつつ達者に長生きした祖父の姿が私の飲酒の原風景なわけで、酒飲みに、親しんだ結果酒を飲むようになる。

今日4合で600円ていう格安の日本酒を買いまして、飲んだ印象として、あまり好きなお味ではなかった。そのときに、ふと(万人にとって)美味しいお酒なんてない。ということに思い至った。酒自体の味を受け取る脳神経系の有り様がどうなってるかという問題なのだから。それに、お求めやすいお酒を作って流通させる企業努力というものをリスペクトする気持ちも強くある。コンビニで売られるボージョレヌーボーのようなドギツさにはすこし胸焼けしちゃうけど。

こと飲酒に関しては、味を求める気持ちよりも化学物質としてのアルコールの作用を求めるという側面があり、それは渇きを癒やすために水分を取るという人間の生理とは全然別の話。化学物質としてのアルコールを求める、すなわち酔いを求めて酒を飲むのがアル中の第一歩だと、中島らもの今夜すべてのバーでに書いてあった。そのとおりだと思う。あの物語には酒を飲んではいけない理由とそれでも酒を飲む気持ちのすべてが書いてあって、読み返すとシンとした心持ちになる。

 

今夜、すベてのバーで (講談社文庫)

今夜、すベてのバーで (講談社文庫)

 

 

タバコは比較的スンナリやめられたけど、お酒をやめるのは大変そうだ。よし飲もう、あと3時間だったら、よし飲もう、明日になったら、とだましだまし先送りしていると飲まないようにできるなんて言うけど、本当かな。

次のお酒は、また明日にしよう。