また明日

日々の興味。前向きに。

春来にけらし

2018年は雛祭りを前にして、きちんと春が来た。陽射し風花粉どれをとっても立派に春。日記をつけていれば去年のいまごろの暑さ寒さも思い出せるのだろうけど、今年は暖かい春が来そう。3月に桜が咲くような。

こんな日にまだコートを来て汗が出そうな野暮ったいサラリーマンもいて、どんくさいなと感じる。こんなときは厚くないスーツに薄いマフラー1枚で良い。貴乃花親方的な着こなしなのね。

 

春夏秋冬SSAWが巡ることが私のリズムの大きなところを形づくっているのだと深く感じること、それも感覚の老化なのかも。時間の流れがドンドン早くなってもはや一昼夜一週間一ヶ月などはあたかも一音符一小節。四季にしてようやく一楽章くらいの体感速度、交響曲が一曲終わるスピードで一歳歳を取る。年末に第九を聞いて暮れるのも同じ感慨なのかもね、きっと。

 

一音符一小節ごとにうまく行ったとか駄目だったとか一喜一憂してもしかたないという諦観も良いものではないかね。