また明日

日々の興味。前向きに。

老害、あるいは老概

いかんせん老いる。不惑になんなんとして、不惑に備えている。今は空中に吊り下げられて、だんだんと地面が近づき、ワイヤーも外されようとしているという局面で、なるべくピタリと良い姿勢で着地したい。

それが、不惑というものへの気構えです。まだ、ワイヤーの下がり具合が足りなくて、足がつかないような気がして、もがいている、それが今の心境です。

 

大人になるというのは、自分が果たすべき役割を果たす能力と覚悟(あきらめ?)をえることだと。居場所を決めて、スタとそこに着地することなのだと、今この時点では、思っている。その役割を、ひたすらに、良く果たすことで、世界が良くなっていくのだと信じることができれば、しあわせ。

 

役割がたとえば「ハムの人」だとしても。

 

はい、そんなこんなで今日の泣いたところ。

 


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あたらしい日々

来月になるともう平成ではなくて、レイワになるのだそうですね。ほのぼのレイワ(by GEコンシューマーファイナンス)。言いたいだけ。

4月がきてあたらしい学年になって、あたらしい生活が始まるのです。桜の季節過ぎたら、遠くの町に行くのかい?という歌のようにあちらこちらであたらしい何かが始まるのです。

あたらしい何かが始まる季節の予感に胸が踊らなくなったから、もう感性が疲れているのだな。節目のない、餅のような時間軸で生活をする旧社会人たちが5分咲きの桜の下で、花粉に耐えながらも楽しそうにお酒を飲んでいるのだ。あと何度子どもたちと桜を楽しめるだろうと、漠たる暗さも感じているのだ。

それくらいが新しさとの距離感です。"あたらしい"が"良い"の同義語でなくなってきてからが多様なオトナの価値観ってやつ。ヤッホー。

 

あたらしい ものにも古さ 桜ばな

 

もういちど、あらたなキモチで。明日から。

 

引っ張ったけど

結局こういう非常に素晴らしいリストが回ってきて、これを見れば一瞬だったかも。

探していたのはこの中のフォア文庫、本当は私はそれを思い出すのに家中の本をひっくり返してようやく海賊がぼがぼ丸という本を見つけて、フォア文庫という存在を知ったのだ。

 

かいぞくがぼがぼまる (フォア文庫)

かいぞくがぼがぼまる (フォア文庫)

 

あとは前回の続きで、国立国会図書館のデータベースで、全部に当たるというシラミつぶし。

その結果、私が探していた本はこれだ!

 

かいじゅうムズング (フォア文庫)

かいじゅうムズング (フォア文庫)

 

書影がない。しょえー


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このあいだアマゾンから拾った書影。

記憶の中の一冊を、掘り起こして

失われた記憶

タイトルも作者もはっきり覚えていない、でも気になって仕方がない子供の頃の一冊。それを思い立って掘り起こして来たので、やったことを書く。

誰か他にも探しものをする人もいるかもしれないし、私ももう一度忘れるかもしれない。忘れても思い出したことがあることさえ覚えていれば忘れることは怖くなくなる。

児童書に詳しい人なら、すぐピンとくるかもしれないのだけど覚えていた手がかりは次の通り。

  1. アフリカに怪獣(怪人?)が出現する。アスファルトから出てくる?
  2. 児童書だが大きくないいわゆる文庫サイズだったはず。
  3. 表紙には顔が白くて黒い空洞の目をしたおばけみたいなモノの絵

 

手がかりはどこだ

まずはgoogle先生だよねと「アフリカ 怪獣 児童書」などで検索するもピンとくる結果はなく。

アフリカ子どもの本プロジェクト:おすすめ本:児童文学

こういうページも、とても面白かったけど。この検索で合間合間に半日くらいしていた。「表紙 白い 怪人 児童書」で画像検索とか。やはりgoogle先生は新鮮な情報が好物だから30年以上前の本には疎いのかも。とすると別のアプローチを考えないと。。。 

題名の忘れた本の検索サイトを教えてください。 -ホームズやルパンの時- 事典・辞書 | 教えて!goo

ここで見つけた連想検索というのも興味深かったけど、ゴールにはたどり着けなかった。

ブックオフのデータベースの良さ

ここで手掛り2のアプローチを検討。すなわち、読んだのが幅を見て10歳だとして、私の生年+10年より前に出版された全ての文庫サイズの児童書のタイトルを全部見ればピンとくるでしょ、と。

そういえば表紙の枠取りがあった気がする、ということで講談社青い鳥文庫ではないかとあたりをつける。

青い鳥文庫 全作品 - Google 検索

この検索の20件くらいにブックオフの検索結果があるわけです。

http://www.bookoffonline.co.jp/bo/ec/mb/ctoc/serch/result?jsessionid=277FD067738CADB8FE2164414CF8D043.c&q=%90%C2%82%A2%92%B9%95%B6%8C%C9&st=z&bg=1205&getUid=1&guid=on&refererurl=mbd/L001,row=50,bg=1205,q=%90%C2%82%A2%92%B9%95%B6%8C%C9&x+xjid=277FD067738CADB8FE2164414CF8D043.c&x+xcookie=on

PC、スマホともにぜひ一度ご覧いただきたいのですが、本当に過不足ないシステム。書影もきちんと入り、とても見やすい。

とはいうものの、古い順に並べて発売年で見渡したがピンとくるものはなかった…。

もうこの世に一冊もない本なのだろうか、天下のブックオフといえども全ての本を網羅しているわけではないのだろうか。

そして国会図書館

ブックオフでの捜索が不調に終わった原因は

  1. ブックオフのデータベースが全書籍を網羅していない
  2. 探している本が青い鳥文庫ではない

という2つの仮説が成り立つ。こういう場合確かめやすい方から潰すのが近道。全書籍が網羅されているであろうデータベースといえば国会図書館である。

はじめてアクセスしたよ、国会図書館。こちらもスマートフォンにも対応しており、素晴らしい情報資産だ。

国立国会図書館オンライン | National Diet Library Online

こちらも古い順で並べて見たのだが、残念ながらそれらしき本を見つけることはできなかった。

ということは、青い鳥文庫というのは、勘違いだったことになる。あの本を出したのは誰だったんだろう。

 

長くなった。つづきはまた明日にしよう。

大人と子供は裏返し

 コドモという存在が発見されたのは、比較的最近のことで、それまでは小さなニンゲンというだけの存在であったと聞きました。

 原始的な社会においうてはコドモというには半人前の労働力でした。身体的な発達においてのみ評価すればそれはまさしくその通りなのだと思います。では、なぜコドモという概念を生みださなければならなかったのか。そこには経済成長=生産性の向上というものが存在していたのでしょう。現世代と、次世代の労働の質が違うという状況になって初めて、己が行ってきたのと同質の労働を担わせるのではなく、教育を施して、自分の世代よりも高生産な労働に従事させることが親として合理的な選択になった。その時にはじめて教育されるべきニンゲンの形態すなわちコドモが意識されるようになったと。

 次世代の人間が、自分たちの世代とは異質に高生産な存在になりうるという認識、それを人は希望と呼ぶのだと考えます。

 オトナ期の人間とコドモ期の人間の取り扱いは、真逆と表現しても差し支えないほどです。それは一言で言えば、インプット期とアウトプット期と言って差し支えないのですが、単純にそう言ってしまうとすこし物足りなく感じます。教育というのは、コドモたちを前に進めるために、下から引っ張るとことに似ています。彼らにはポテンシャルがあり、それは例えば坂の上にいるようなものだからです。最初に適切に引っ張ってあげれば、丸いものが坂道を転がり下りるように快く前に進んでいく。その最初の一引きが教育といわれるものだと考えています。スイスイと転がって前に進むコドモもいれば、途中で難儀する子もいるでしょう。それは本人の丸さが足りないのか、道がデコボコしているのか、はたまた引っ張る力が弱いのか、目に見えるセカイでない以上、それは個別によく観察して工夫して、なんとか進めるしかないのです。でも下り坂なのは確かですし、障害を取り去ることができれば、またコロコロと前に進んでいくことができるのだと信じたい。そう思います。

 でも下り坂はいつか終わりが来ます。最初に引っ張ってもらったエネルギーだけでは登れない上り坂が始まるのです。私はその下り坂のところをコドモ期、上り坂に差し掛かってからをオトナ期であると呼んでいるのです。下り坂から上り坂に変わる、それが大人と子供は裏返しという意味です。

 登ることを諦めて、下り坂をどんなに早いスピードで駆け抜けることができたかの思い出を胸に前に進むことやめてしまう、なんてこともあるかもしれません。下り坂で沢山の障害にぶつかった人の方が、自分の中にエンジンを作り出すことができ、上り坂でも順調に前に進めるかもしれません。スキー板でカニ歩きをするように、一歩一歩斜面を登っていくことを決めた人もいるかもしれません。

 老いと呼ばれるこの衰退の上り坂で1センチ、1ミリでも前に進んでいくのだという楽観的な意思が大人の力であると考えています。

どれだけ軽やかに前に進んで行っているか、それが大人の格好良さだと。

気づくと酒の話


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春は日本酒が美味しい。夏と秋と冬も美味しいが、春も美味しい。

日本酒は4合720mlで1,000円のものだ、と思っている。2,000円だからって2倍幸せにしてくれるわけでもない。でも2本あれば2倍幸せにしてくれる、必ず。お酒は高くなると作品になってきて、それも、とてもビューティフルな味がすることを知っている。神が細部に宿ってくる。凡人の凡飯に神さまはもったいない。

 

昨日は連休の谷間で、少し遅くまで仕事をして、職場最寄りの成城石井で八海山を買って帰った。これは贅沢な部類。

 

食べ物は奥さまが用意し、今や冷えたエビフライと、すき家で衝動買いした牛皿2倍盛り。人は、冷えた揚げ物を 蔑みがちですが日本酒を飲むにはちょうどよくて、からあげにビール!みたいな口を冷ます飲み方をしないのであればむしろ冷めたほうが良いくらい。油系の食べ物にもぶつからずさっぱりさせてくれる八海山が美味しかった。
食中酒は、あくまで食べ物がメインとすると個性がありすぎてもいけず、かといって特徴がないと覚えてもらえない難しさがある。その中で定番として古くから作られ、全国で廉価に売られているお酒というのは、ただもうリスペクト。
 
ロゴもイカス。
八海山 特別本醸造 瓶 720ml
 

お酒とトースト


ハンドルの根元をつかむと楽しい – webやぎの目

 

お酒を飲むと、子供に戻れる。素敵なファンタジー。好き。

 

でも、トーストに焦げ目があるように、どうしても苦み走る。

 

苦味走るスピードを超えて走れば、きっと時空を超えられる。

 

ああ、いい心持ちに酔った。深夜ザンギョーの夜